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福岡高等裁判所 昭和29年(う)2171号 判決

控訴人 被告人 富永進 外二名

弁護人 諌山博

検察官 安田道直

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

弁護人の控訴趣意第二点及び被告人三名の控訴趣意第五点について

徴税吏員の日出前日没後における通常の場合の犯則事件の臨検捜索又は差押につき夜間執行許可を附した令状を要すること並びに本件につき右の令状の存しなかつたことは洵に所論のとおりであり又旅店飲食店其の他公衆の出入することを得べき場所において特に夜間執行許可を附した令状によらず、その執行を為し得るのは物品税酒税の犯則事件に限られていて、本件の如き入場税の場合にはこれを許容されていないことは、国税犯則取締法施行規則第七条の二の規定に照し明白である。しかし、右入場税の場合において、現に犯則を行い又は現に犯則を行い終つた際に発覚した事件に付、或は現に犯則に供した物件若は犯則に因り得た物件を所持し、又は顕著な犯則の痕跡があつて犯則があると思料せられる場合については、いずれも其の証憑を集収する為必要にして且急速を要し、裁判官の令状を得ることができない場合においては令状は勿論夜間執行令状なくして日没後も亦臨検、捜索又は差押をなし得ること及び徴税吏員が日没前より開始した臨検捜索又は差押は必要ある場合には夜間執行令状を要せず、日没後迄これを継続し得ることは、地方税法第百七条において準用される国税犯則取締法第三条、第八条第一、二項の規定に照し当然である、これを本件につき検討して見ると、原判決引用の証拠によれば、本件徴税吏員唐津佐賀県税事務所長仲一は、昭和二十八年二月四日唐津市朝日町劇場近松座における唐津地方自由労働組合主催のカチユウシヤ楽団の公演に際し、同公演用入場券が税法に違反して発売されている被疑事実を探知し、前記事務所員と共に、前同日午前十一時頃より右近松座に臨場し、脱税事実を隠蔽せんとする被告人等三名外右自由労働組合員等より種々妨害を受けつつ、同座入場者入口において、入場券一部切取の実施方指導に当ると共に、佐賀県令によるぬきうち検印のない所謂脱税の疑ある入場券を発見するやこれを入場者より回収する等緊急事態に基ずく臨検、押収の執行をも為し、右の状況は同日午後六時頃に開演された夜の部の入場についても依然継続されたが、暦数上所論のとおり日没後に属する同日午後七時前頃に至り、被告人富永進、藤原秋人が突然「これからは無料入場だ」と大声で叫ぶと共に、右興行主催者側において同劇場入場者入口を開放したので同所附近に居合せた聴衆が、同所から入場券を示さず入場して仕舞つた為、仲一は始めてその所持の佐賀地方裁判所唐津支部裁判官の発した本件捜索、差押許可令状を示して、原判示の如く同所入場券発売所内、同劇場二階六畳間(通称俳優部屋)等につき、前示無検印入場券その他関係書類等の押収捜索をなした事実を明認し得るのであつて、記録を精査して見ても右認定を左右するに足る資料がない従つて本件の押収、捜索は既に前叙の如き緊急状態の下に日没前より実施され、日没後に及んだことが明白である、かくの如きは前示国税犯則取締法第三条第八条第一、二項の場合に該当するものであつて、夜間執行許可附令状によらず、本件執行が同日日没後においても行われたのは適法であると目するを相当とする、次に令状執行の立会については、国税犯則取締法第六条に明定するところであり、原判決引用の証拠其の他記録に表われた一切の事情より見ても、本件令状執行に際し警察官を立会せた徴税吏員の措置は何等同条に違反するものではない、仮りに本件公務執行が所論の如く違法であつたとしても、本件徴税吏員等は主観的にこれを適法と信じて本件執行に及んだことが記録上明白な本件においてはその公務執行を原判示の如く妨害した被告人等三名の所為は、公務執行妨害罪を構成すること勿論である。論旨はいずれも採用しない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 柳田躬則 判事 青木亮忠 判事 鈴木進)

弁護人諌山博の控訴趣意

第二点、徴税吏員の公務執行は、正当な公務執行ではなく、明らかに違法な公務執行に対しては、公務執行妨害罪は成立しない。当日の公務執行の時期は夜間である。検察官は、公衆の自由に出入する場所であるから夜間令状がないのに夜間に令状を執行しても違法ではないと論告しているが(七四八丁)、これは法律の誤解である。劇場であつても、主人の居間や俳優部屋などは、公衆が自由に出入するところではない。このような場所に対する令状執行は、夜間であれば夜間執行の許可令状がなければならない。徴税吏員が、夜間執行許可の手続がないのに、俳優部屋について夜間執行をしたのは違法である。さらに、令状執行の立会には、近松座主人が立会を拒否するといきなり警察官を呼んできて立会させている。近松座の経営者が立会しないというなら、徴税吏員は興行責任者の自由労組委員長や当日の俳優部屋管理人であるカチユウシヤ楽団員を立会せしめるのが当然である。このような努力をしないで、いきなり警察官を立会させたのは違法である。(二四六丁、二四七丁)。違法な公務執行によつて個人の権利が侵害されようとするときには、違法な公務執行を止めさせることができる。本件のように明白な違法公務執行に対しては、公務執行妨害罪は成立しない。

被告人富永進外二名の控訴趣意

第五点、原判決は法令の解釈を誤つて適用した違法の点で破棄されねばならない。

本件公務執行は地方税法違反被疑事件についての捜索差押許可状による捜索、差押えである。昭和二十八年二月四日午前から午後六時半すぎ無料開放に至るまでの唐津県税事務所員らの近松座入口付近の行為はこの執行に含まれない。仮りにこれ亦該公吏らの別個の職務行為なりとするも訴因にない。

令状による執行は何時に始まつたか。明らかに六時半、七時で冬季二月初旬の事であるから日没後であり普通令状は執行できない。本件記録に編綴された令状は夜間令状でない。(刑訴一一六条)

そこでこれによつて執行できるのは、刑訴一一七条の時刻の制限の例外(国税犯則取締法八条も同趣旨)として(地方税法では国税準用)旅館、飲食店その他夜間でも公衆が出入することができる場所があるが、劇場もこれに入れてもそれは公衆の出入することのできる場所であり部分でなければそのような場所、店の女部屋、居室の秘密も侵される。本件俳優部屋は俳優の休息場であり、当日は主催者側のいる所(三〇〇丁)であつたから公衆の出入する所でない事は勿論であるからここについて夜間に至り令状執行は不法。

国税犯則取締法三条の特則を主張する収税吏らも要急事件としてでなく当然その前に同第二条二項の裁判官の許可によつてでもなすべきであり、いづれにしても本件令状の執行は不法、不法でなければ不当であり、これを妨害したという行為は罰せられぬものとすべきであるから被告人らは無罪。

(その他の控訴理由は省略する。)

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